No Title

去年考えたマルクスのやつ、解決できないことで人は悩まない

 

信じるなら私が今悩んでることは「あの人とどうしよう」ではない
「あの人を私の中でどう置こう」だ

 

悩む対象は概念であって実体ではない
実体の人間に悩むことはない。対話して判断するだけだ

だから悩みの種になってる時点でそれは実在の人間でなく私の妄想の人間で、妄想の依拠になってる人とは全然別物だ
実在しない人間に対して悩む。これは無為ではなくて、

実在としていた人の「私が受け取れなかったもの」だけを概念化して何度も妄想するから、次に「私が受け取れなかったものを持つ実在の人」と対峙した時のマニュアルを作りたい

ただし、今回同様うまくいかないことも想定する
そしたら「なぜダメになったのか」を今回の例から推定できるかも

私は「自分を肯定したい(=できない)」というフィルターを除かなければいけない
「好きな人から好かれていると信じたい(=疑いたい)」

「Aさんから好かれていればAさんを好きでいるフリをすべきだ」

「Bさんから好かれているならば、Bさんを嫌ってはいけない」

 

相手から向けられる好意に対して全許容過ぎる。
拒否すべき理由を無視して「許容したい理由」だけ精査する

こっちが歪んだ愛情を向けるから相手も歪んだのを平気でぶつけてくる
ある程度受け取れるから私も多少飲む
双方向で限界までやって、さじ加減の限界で壊れる直前で終わらすっていういっつも同じかい

 

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