泣いた赤鬼~妄想バージョン~②

毎日、誰かしらが赤鬼の家にやって来る。贈り物を持って来る者もいるし、蔵から物を持ち去る者もいる。しかしみんな赤鬼を見ると笑顔で声をかけ、赤鬼は嬉しそうに、あほのように茶菓子をふるまう。
俺はその様子を毎日見ていた。俺の家は丘の中腹にあって、鬼の眼で観ればかなりの距離まで子細に見える。

始めは、『俺の行為が赤鬼の生活を変えた』という興奮を持って見ていた。興奮が収まると、朗らかな姿に愛おしさを感じた。
しかし次第に、親し気に接する人間たちへの激しい嫉妬が湧いてきた。それは、俺を顧みない赤鬼への憎悪に変わった。
俺は赤鬼の家を観るのをやめた。

きっと、同じことなのだろう。
赤鬼は、自分の職責も忘れて人間に媚び、人間と触れ合って喜んでいる。人間は赤鬼を、友達として見ないだろう。利用価値がなくなれば、やがて離れるか迫害する。
俺は、自分の女を捨てて同性の赤鬼に狂い、毎日赤鬼のことを考え続けている。赤鬼が俺を愛することはおそらくないし、もう俺を忘れているかもしれない。

会いに行ってみようか、と何度も思った。しかしその結果を考えてすぐに思い直した。
では、赤鬼の方から俺を訪ねて来ないだろうか。
…いや、俺が訪ねて行くのと結果は変わらない。
俺と赤鬼が一緒に居るのを見れば人間どもは、必ず陰口を流布する。あほの赤鬼は、「この青鬼はいい鬼なんです!友達になってください(`・ω・´)」と言うだろう。しかし人間は赤鬼ほどあほではない。基本的に鬼は人間の敵だし、実際に俺は数年前村で暴れて物を損壊・人を殺傷している。赤鬼はその俺から村人を救ったから、村のパンダ的存在になれたのだ。あのあほは、俺と友達でいたいと言いながら、人間が離れたらきっと悲しむ。あほだから。

でも、あいつが俺に会いに来る可能性はゼロではない。なら、俺はここから出て行こう。

住居の中を片付けつつ次の住居の当たりを付け、いよいよ家を出ていく前の日、俺は久しぶりに赤鬼の家の方を観た。
赤鬼の家の前には、誰もいなかった。しばらく観ていても、赤鬼の姿がどこにもない。一瞬、人間の残酷な性質が脳裏をよぎり、怒りと不安に体がすくんだ。
次の瞬間、玄関から人間の老婆が現れ、のろのろ家から歩きだした。そして、老婆が家から離れてほどなく、赤鬼が顔を出した。互いにぺこぺこ頭を下げ、手を振って別れて、赤鬼は一人になった。
俺は安堵した。ひっきりなしに人間が来ているわけではなさそうで、庭の足跡も贈り物も、ごみや吸い殻もなくがらんとしていた。やや飽きられはしたが、迫害はされずに済んだようだ。
良かった。俺は玄関を派手なバリケードで封鎖し、大書した張り紙を何枚も貼って、家を離れた。
無意味なアピールだとは思ったが、万が一、奴が偶然ここらに立ち寄ったら気付くように、「友達の青鬼くん」を思い出してくれるようにと願った。

「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。ぼくはどこまでも君の友達です」

赤鬼の住む村から離れて、俺は普通に暮らした。距離があるので、以前のように姿を見ることはできない。しかし、生きている限りは見に行けば見られるのだし、同業者なので接点がなくなることもない。
俺は物を損壊・人間を殺傷など真面目に仕事に励み、適当に女と寝て、手堅く生活した。穏やかに過ごす中、自慰にふける時はどうしても赤鬼を思い出して、放出の後は深い悲しみを味わった。

時おり、半日かけて以前の俺の住居が見える山まで出かけ、変化がないことを確認した。
当然、いつ見に行っても変わりはない。誰も見ないのにド派手なバリケードと張り紙があほのようで、少し恥ずかしくなる。それでも、行くとしばらくはそこを眺めながら、赤鬼が張り紙を見つけるところを想像した。
俺を覚えてるだろうか。寂しがってくれるだろうか。悲しむだろうか。それとも、もう関心もなくなって、すぐに思い出せないかもしれない。

暇な時期は月に1度、忙しくなると半年に1度ほど、そこへ出かけた。

ある寒い日の朝、久しぶりにそこへ行って、住居を見た。大きな変化はないが朽ちていく家を見ながら、「もしかしたら、昨日は赤鬼がここへ来て大騒ぎしていたかもしれないな」と思って

赤鬼が現れた。
家に近づいて、次第に早足になって駆け寄り、張り紙の前で止まった。

赤鬼は黙ってそれを2度も3度も読み上げ、涙を流した。

青鬼は全身の毛穴から射精しながら、歓喜の中で死んだ。

ドドコの鬼武者修行

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